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川之江高校野球部甲子園出場ヒストリー

           

       第67回全国高等学校野球選手権大会

昭和60年(1985年)、川之江高校野球部は2年生主体の若いチームで愛媛県大会を見事制し、2年ぶり3度目の夏の甲子園出場を果たしました。

川之江高校野球部は愛媛県大会では強力打線が爆発。6試合で53点をたたき出した打線は実に強力で、予選6試合で放った本塁打は9本。これはもともと川之江が持っていた県大会のチーム本塁打記録を塗り替えたもので、新記録となり、現在でも破られていません。

愛媛県大会決勝では、春の選抜甲子園に出場し、ベスト8進出の原動力となった好投手の黒子投手を擁する西条と対戦し、先発全員毎回安打(17安打)を浴びせて9−3で快勝。見事、2年ぶり3度目の甲子園出場を決めました。

8月8日開幕の第67回全国高等学校野球選手権大会は、あのPL学園KKコンビの桑田・清原が3年生の夏で、優勝候補の筆頭でした。出場校の目標は「打倒PL」

川之江の初戦(2回戦)は、大会五日目、第3試合で青森代表の八戸高校との対戦になりました。
雨天での試合となったこの試合、川之江はアンダースローの川上投手。八戸は変則気味なフォームでサイドスローの橘投手がそれぞれ先発。

試合は、序盤から両チームランナーを出すものの、川上投手は左右にボールを散らし緩急をつけたピッチングで、また、八戸の橘投手もシュートをうまく使い、互いに得点を与えず五回を終了して0−0。

試合が動いたのは六回表の川之江の攻撃。相手の悪送球で好運な1点を先取。そのまま試合は九回へ。九回表の川之江の攻撃。一塁にランナーを置いて打席にはここまで好投を続けている川上投手。橘投手のストレートを振り抜いた打球はライナーでレフトラッキーゾーンに飛び込む2ランホームランで3−0。
このまま逃げ切り川上投手が投打に活躍し、3−0で見事完封シャットアウトで勝利し2年ぶりに川之江高校の校歌が甲子園球場に響きわたりました。

続く3回戦は四国勢同士の対戦となった高知商業戦。高知商業は剛腕中山投手を擁し、高知県大会決勝では怪腕渡辺投手を擁して選抜優勝している伊野商業を破っており、PL学園と並んで優勝候補の一角でした。

試合は川之江が初回、高知商の中山投手の立ち上がりを積極的に攻め、村上選手の二塁打や寺尾主将のタイムリーと相手のミスを突いて幸先良く2点先取。
川之江の先発は、八戸戦を完封した川上投手ではなく、同じ2年生の松下投手。実は春先、川之江と高知商は練習試合を行っており、高知商が松下投手を打ち込み大勝していました。

その練習試合とは違い、この日の松下投手はストレートとカーブのコンビネーションが抜群で、コーナーに丁寧に投げ分ける投球で試合を川之江の流れにしていました。

しかし、3回裏にはこの好投の松下投手を好リードで支えていた三好捕手がファールフライを追ってバックネットに激突。鼻骨骨折などの重傷を負い途中退場してしまう出来事がありました。

それでも川之江はホームランで1点を取られたものの8回表を終了して2−1でリード。優勝候補を追い詰めたかに思われましたが、8回裏、高知商はランナーを2塁に置いて、好運なタイムリーで同点。

試合は延長戦にもつれ込み、延長11回、川之江はヒットなどで一死一、三塁と勝ち越しのチャンス。寺尾主将の打球はライトライン際に飛び十分タッチアップ出来る距離。三塁ランナーはここまで好投を続けてきた松下投手でしたが、高知商の見事な中継プレーに阻まれ本塁寸前タッチアウトで勝ち越しのチャンスを潰してしまいました。

その裏、川之江は疲れの見える松下投手が高知商打線につかまり、無死満塁と一打サヨナラ負けのピンチとなり、最後はセカンドへ痛烈なライナーが飛び、セカンドが一度ジャッグルし、ホームに送球しましたが大きく逸れ、ついに延長11回2−3でサヨナラ負けとなってしまいました。

川之江は春先の練習試合で大敗した相手で、この大会優勝候補の一角に挙げられていた高知商相手に互角以上の見事な戦いを披露しました。最後は力尽きましたが松下投手の188球の熱投は見事でした。

この大会、決勝戦は予想通りに勝ち上がってきたPL学園と勢いに乗る宇部商との対戦となりましたが、PL学園が4−3で九回サヨナラ勝ちし、全国制覇を成し遂げました。


2回戦
川之江000001002 3
八  戸000000000 0

3回戦
川之江20000000000 2
高知商00100001001× 3


川之江高校野球部甲子園出場ヒストリー

       

   第65回全国高等学校野球選手権大会

昭和58年(1983年)、川之江高校野球部は夏の愛媛県大会決勝で川之石を7−4で破り、見事2年連続夏の甲子園出場を果たしました。

甲子園では1回戦、山形代表の日大山形を相手に剛腕、定金投手が完封シャットアウトの好投を見せ、川之江打線も10安打を放ち、3−0で勝ち、夏の甲子園初勝利を飾りました。

2回戦の相手は岐阜代表の岐阜第一。初回に3点を先制し、流れを掴んだかに思われましたが、岐阜第一の反撃もあり、序盤から点の取り合いとなりました。結局、中盤以降両投手が立ち直りましたが惜しくも5−6で敗れ3回戦進出はなりませんでした。

この第65回全高等学校野球選手権大会は徳島県の池田が水野投手と強力打線の「やまびこ打線」を擁し昨年からの夏、春、夏の3連覇が注目され、優勝候補筆頭と見られていましたが、準々決勝でPL学園に0−7で完敗を喫したと同時に桑田・清原のKKコンビ時代の幕開けとなった大会でした。

1回戦
日大山 000000000 0
川之江 00001011× 3

2回戦
川之江 310010000 5
岐阜一 11130000× 6


川之江高校野球部甲子園出場ヒストリー

      

    第64回全国高等学校野球選手権大会

昭和54年のセンバツ大会に春夏通じ初めての甲子園出場を果たした川之江高校野球部は、昭和57年夏の愛媛県大会決勝で今治西を3−0で破り、第64回全国高等学校野球選手権大会に初出場を遂げました。

甲子園では1回戦で、群馬代表の東農大二と対戦し、その後、ヤクルトスワローズ(現東京ヤクルト)に入団した阿井投手に川之江打線が2点に抑えられ2−7で敗退。初陣を飾ることはできませんでした。

なお、この大会は徳島の池田高校が「やまびこ打線」で全国制覇しました。

※上載の川之江高校のユニフォームは当時から現在までデザイン変更がなく、伝統の川之江高校野球部のユニフォームとなっています。


1回戦
農大二  001000402  7
川之江  000001010  2



川之江高校野球部甲子園出場ヒストリー

                                     

      第51回センバツ高校野球大会

昭和53年の秋季愛媛県大会で初優勝し、勢いそのままに四国大会でも鳴門工、中村を撃破し、決勝では強豪の高知商を6−0で破り堂々の初優勝を飾りました。       

翌昭和54年春には川之江高校野球部の創部以来、悲願であった甲子園初出場を果たしました。

甲子園では1回戦 星稜(石川)を3−1で破り、2回戦 前橋工(群馬)を1−0の完封勝ち、初出場で見事ベスト8に勝ち進み準々決勝で牛島―ドカベン香川がバッテリーを組む大阪の超名門 浪商(現 大体大浪商)と雨が降りしきる中、延長13回を戦い惜しくも3−4でサヨナラ負けを喫しました。

※1回戦の星稜高校はその年の夏の甲子園で今も高校野球の伝説となっている箕島高校と延長18回を戦い抜いた時のチームです。
 

鍋島―高津のバッテリーで初出場とは思えない堂々の戦いぶりを披露し、ベスト8まで勝ち上がり川之江高校野球部は一躍川之江市民と野球少年の注目の的となりました。

1回戦
星  稜 000001000 1
川之江 00010110× 3

2回戦
前橋工 000000000 0
川之江 01000000× 1

準々決勝
川之江 0000020100000  3
浪  商  0010002000001×  4
 
                                                 (延長13回)